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思い出の曲

Midnight in Tereran♪

 
イギリスでの大学時代は、
いろいろな国からの留学生との出会いがあった時代でもありました。
 
その中でも特に印象深かった彼が、それはそれは美しく弾いていたこの1曲。
友人たちのなかで、秘かに"Midnight in Teheran" と名付けていました。
 
彼は、イランからの留学生でした。
多くの中東の裕福な家庭の子どもたちは、香港などの子もそうでしたが、
12歳~15歳くらいから海外の寄宿学校に行って勉強するのが
普通の事でした。
彼の父親は、イランのある部族の長であり、また当時の国王の主治医という、
大変高い地位にいたこともあり、10代はじめのころから、
イギリスで勉強していたようです。
 
私が大学に入学した’80年には、すでにイラン革命が起こったあとで、
当時西欧化を推進していた国王はすでに亡命し、
ホメイニ師率いるイスラム原理主義者が国を治めていました。
 
中近東・アフリカの国々には、国という形こそありますが、
人々をつなぐのはどちらかというと、それぞれの部族なんだそうです。
アフリカの地図を見ると、まっすぐな線で大地を分けるな国境。
でもあれは、アフリカを植民地化していた西欧の国々が引いた線です。
そのせいで、今も多くの内戦が続く中近東・アフリカの国々ですが、
部族同士の戦いであるがため、
簡単に解決する問題ではなく、多くの目を覆いたくなるような争いは、
日本人の私たちには、なかなか理解し難いのも事実です。
 
それこそ、イギリスでも北アイルランド共和軍(IRA)という組織による、
大がかりなテロもよくあったものです。
長くなってしまうので、この話は、また別の機会に書きましょう。
 
さて、私が彼に出会ったときには、すでに彼は亡命者という身分ではありましたが、
ロンドン郊外の高級住宅地の一軒家に住むという、恵まれた生活をしており、
皆から「プリンス」と呼ばれていました。
 
ピアニストとして、とくに技術的に優れていたわけではありませんが、
大変音楽的で表現力のあるピアニストでした。
音楽的である、表現力があって魅力的な音楽を作り上げられる、
ということはイギリスでは大変重要なことで、
いくら音符を速く楽譜通りに弾いたとしても評価されませんので、
そういう意味ではとても優れた音楽家でした。
 
そんな彼が、誰をも唸らせるような名演を残しました。
それは、この演奏を聴いてから、私たちが"Midnight in Teheran"と呼び始めた、
ショパンのノクターン、作品9の3 ロ長調でした。
8分の6拍子ではじまる美しい出だしとは打って変わっての、
中間部からのロ短調の激しい動きと、心ざわめく右手のシンコペーション。
そして、また穏やかで美しいメロディーと転調による不安定な中にも
耳をそばだてたくなるような心に染み入る響き。
 
まさか、ショパンもこんな副題を私たちが勝手に付けているとは、
夢にも思わないでしょうが、
きっと許してくれることと信じています。
 
あれから30年以上が経ち、
イランでも再度の民主化運動が起こっています。
古代の遺跡なども多く、とても美しい国だときいているのですが、
いつか訪れることはできるでしょうか?